当研究所には、遠征研究という柱がある。奄美大島に6回渡り、博多まで鯖を食べに行く。旅先の店は、それだけで記事になる。
だが呑み歩きの大半は、旅先では起きない。仕事帰りの駅前で起きる。友人と待ち合わせた改札の外で起きる。
この記事は、そちらの記録である。研究員が日常の行動範囲——本稿ではこれを「日常圏」と呼ぶ——で通い続けている8店を、のべ99回の実訪記録として並べた。1回きりの訪問はひとつも入っていない。

日常圏の呑み歩きとは
遠征研究と日常圏の呑み歩きは、記録の性質が違う。
遠征の記事は「その一夜」の記録だ。一度きりだから、店の全体像は見えない。書けるのは、その日出てきた皿と、その日の空気だけである。
日常圏は逆だ。同じ店に何度も入る。だから見えてくるものがある。値段が上がったこと。季節の一品が入れ替わったこと。何度メニューを開いても結局同じものを頼んでしまう自分の癖。定点観測と呼んでいるのは、そういうことだ。
以下が、現時点の観測対象8店である。
| 店名 | エリア | 通った回数 | 業態 |
|---|---|---|---|
| 味の笛 | 御徒町 | 50回 | 立ち飲み |
| おーるすたぁず | 海老名 | 11回 | 居酒屋 |
| Cafe RIGOLETTO | 吉祥寺 | 8回 | レストラン |
| やまと | 西新宿 | 7回 | 大衆居酒屋 |
| 青葉商店 | 青葉台 | 7回 | 時代酒場 |
| BEER STAND STOCK | 平塚 | 7回 | ビアスタンド |
| 匠ダイニング 町田北口店 | 町田 | 6回 | 海鮮居酒屋 |
| 八七まる | 西国分寺 | 3回 | 鉄板焼き |
| 合計 | 8エリア | 99回 |
ひとつ断っておく。味の笛の50回は、レシートや記録に残っている数ではない。記録に残っているのは10回で、50回というのは通った実感からの数字だ。厳密さを重んじる研究所としては心苦しいが、御徒町に勤めていた頃の話まで含めると、これでもまだ控えめだと思っている。
神奈川エリアの3店
BEER STAND STOCK(平塚駅南口・徒歩2分/7回)
平塚駅南口を出て2分。ビルの軒先に、黄色いアメリカンスクールバスが停まっている。中はクラフトビールとクラフトソーセージのスタンドだ。カウンターは詰めて4〜6人。
軽いものから始めて、度数の高い1杯で酔い、黒で締める。この打順が7回の観測で固まった。定番のSORACHI(S¥800)以外はタップが入れ替わるので、行くたびに知らない醸造所に当たる。フードはサルシッチャのタコスをほぼ毎回頼んでいる。
ただ、この店について一番書いておきたいのは銘柄ではない。オーナーはどのビールも注ぐ前に、グラスを氷水に沈めてキンキンに冷やす。液体が冷えているのとは別に、器が冷えていると最初の一口の輪郭が変わる。
キッチンカーなので出店日が月によって変わる。行く前に公式Instagramの確認が必須、というのがこの店唯一の難点であり、同時に、開いていた日の嬉しさの理由でもある。

→ BEER STAND STOCK|平塚駅南口のスクールバスに通い続ける研究員の定点観測
おーるすたぁず(海老名駅・徒歩1〜3分/11回)
ビナウォーク2番館の「呑み処 ビナ横丁」の中。店名から察しがつく通り、店内には終日サザンオールスターズが流れている。曲数が多いので、3時間いても同じ曲は流れてこない。リクエストもできる。
結果、席を立つタイミングを失う。呑み歩き研究所を名乗っておきながら、この店に入ると歩かなくなる。定番は手羽先唐揚げ、長芋のお好み焼き、うずらのたまご醤油漬けの3品。黒ホッピーをコーヒー焼酎で割ってもらう一杯が、ここでしか呑めない。
人気店なので、予約なしだと「次の予約の客が来るまで」という条件付きになる日がある。長居前提なら予約が正解だ。

→ おーるすたぁず|海老名の「黒い恋人達ホッピー」、11回通った居酒屋
青葉商店(青葉台駅・徒歩1分/7回)
田園都市線・青葉台駅から徒歩1分の「時代酒場」。この店の本質は二段構えにある。立ち飲みゾーンと座り飲みゾーンが併設されていて、待ち合わせで先に着いた日は立ち飲みで軽く一杯やって待てばいい。友人が揃ったら会計を済ませて着席ゾーンへ移る。
7回通ってなお、メニューの全体像が見えていない。それなのに頼むものは毎回同じで、野菜スティック、もやし炒め、出汁巻き卵、焼きそば。リピーターとは、こういう消費行動をする生き物である。
昼から翌1時まで開いているので、待ち合わせの起点としての性能が高い。

→ 時代酒場 青葉商店|青葉台駅徒歩1分、出汁巻きと鉄板焼きそばで7回通った
東京・多摩エリアの3店
匠ダイニング 町田北口店(小田急町田駅・徒歩3分/6回)
町田は飲食店の入れ替わりが早い街だ。半年ぶりに歩くと、あの店がもう別の店になっている。その町田で3年間、変わらず1軒目に使っている海鮮居酒屋。
生ビール(黒ラベル)188円、レモンサワー88円。そして寿司が1貫65円から。真鯛の握りの歯応えは、鮮度の証である。6回とも友人との1次会で、6回とも昼。夜をまだ知らない。
安く確実に温まれるから、2軒目で新しい店に挑戦できる。変化の早い町田で呑み歩くための、動かない基準点だ。

→ 匠ダイニング 町田北口店|3年で6回通った、昼呑み寿司の絶対的1次会
八七まる(西国分寺/3回)
2025年12月26日オープン。その3日後の12月29日に、私はカウンターに座っていた。オーナーが旧知の料理人で、肉を焼かせたら名人だと知っていたからだ。
黒毛和牛赤身ステーキ3,000円が目の前の鉄板で焼かれ、時折フランベの炎が上がる。この瞬間のために通っている。鉄板焼き店なのにトロサバ炙り1,100円が隠し玉で、これは毎回頼む。締めはガーリックライス。
8店の中で唯一、回数がまだ3回だ。オープンから日が浅いだけで、通う頻度が低いわけではない。次は活鮑の鉄板焼きを観測する予定である。

→ 八七まる|西国分寺の鉄板焼きにオープン3日目から通う研究員の定点観測
Cafe RIGOLETTO(吉祥寺駅北口・徒歩5〜10分/8回)
8店の中で唯一のレストランである。立ち飲みでも大衆居酒屋でもない店に8回通っている理由は、ボトルワインの安心感にある。
私の体験上、白・赤・スパークリングのフルボトルが3,800円の統一価格。値段の相談がいらないので、味の相談だけしていればいい。3人で集まって、スパークリング、白、赤の順に昼から3本あける。ランチはコブサラダ、ピッツァ、パスタを3人でシェアするのが定番だ。
サービスは居酒屋のそれではなく、しっかりしたレストランのもの。それでいて呑み手が萎縮しない。この両立が貴重だと思っている。

→ リゴレット吉祥寺|3人で昼から、ボトルワインを3本あけるレストラン
東京・都心の2店
やまと(新宿駅西口・徒歩3分/7回)
新宿で人と待ち合わせると、次の問題は「で、どこに入るか」だ。その答えを、私は7回この店で出している。
営業時間が長く、ドリンクが安く、席数が72席と多い。この3拍子が揃った店は意外と少ない。平日ならハイボール190円、生ビール220円。頼むものはにぎり寿司1,580円とわさび巻き310円の2点を軸に、あとはその日の気分で足す。
わさび巻きは、鼻にツンとくる。油断すると涙が出る。それを我慢して、鼻で空気を通して、ハイボールを流し込む。310円でこの体験ができる。

→ やまと|新宿駅徒歩3分、7回通ってわかった待ち合わせの受け皿
味の笛(御徒町駅・徒歩1分/50回)
御徒町は、かつて勤めていた街であり、私の第二の故郷だ。鮮魚で名高い吉池グループ直営の立ち飲み酒場に、記録に残るだけで10回、体感では50回通っている。当研究所の原点かもしれない店である。
私はほとんどの場合、開店と同時に入る。50回の観測の末、注文はほぼ固まった。シュウマイ・赤ウインナー・スクランブルエッグ・ほうれん草が一皿に載った盛り合わせと、各種パスタ。立ち飲みでイカ墨パスタを出す店を、私は他に知らない。日本酒は新潟の越乃白鳥330円。
安価に、美味しく、確実に呑める。この盤石な1軒目があるから、そこから街へ歩き出せる。

→ 味の笛|御徒町で50回通った吉池直営の立ち飲み、呑み歩き研究の原点
8店を並べてわかった、通う店の3つの型
こうして並べてみると、通っている店が3つの型に分かれていることに気づいた。これが本稿の、いちばんの成果かもしれない。
型①:歩き出すための1軒目(味の笛・匠ダイニング)
安く、確実に、失敗なく温まれる店。ここが盤石だから、2軒目で冒険ができる。その日1日をハズレにしないための保険であり、呑み歩きという行為そのものの出発点になる。この2店に共通しているのは、価格が安いことと、注文が固まっていることだ。考えなくていい店が1軒目に向く。
型②:一軒で完結させる長居の店(おーるすたぁず・青葉商店・Cafe RIGOLETTO)
こちらは歩き出さない。腰を据えて、その店の中で夜を終える。BGM、二段構えの席、ボトルワインの統一価格と、長居を成立させる仕掛けがそれぞれにある。ハシゴの計画は要らない。予約をして、時間に余裕のある日に行く店だ。
型③:目的が先にある店(やまと・八七まる・BEER STAND STOCK)
やまとは「新宿で待ち合わせる」、八七まるは「名人の焼く赤身を食べる」、STOCKは「うまいクラフトビールを一杯やる」。いずれも目的が先にあって、その受け皿として店が選ばれる。だから安さは条件に入らない。STOCKの会計はビール3杯とフード2品で6,500円だが、それでも通うのは、平塚駅前でこの一杯を出す場所が他にないからだ。0次会にも1.5次会にも電車前の一杯にも効く、という使い分けの自由さも、目的が明確な店ならではである。
日常圏の呑み歩きを組み立てるとき、この3つを1軒ずつ持っていると強い。1軒目に使える店、一軒で完結できる店、目的から逆算して選べる店。99回かけて、私はそれを手に入れたことになる。
研究員の結論
また行くか:全店、行く。
8店に共通しているのは、驚きがもうないことだ。何が出てくるかわかっている。いくらかかるかもわかっている。それでも行く。むしろ、わかっているから行く。
遠征研究が「一度きりの夜をどう記録するか」なら、日常圏の呑み歩きは「同じ夜をどれだけ重ねられるか」である。99回という数字は、その重ねた分だ。
このまとめは、通うたびに更新していく。回数が増えれば書き換えるし、新しい店が加われば足す。日常圏の観測に、完成形はない。
遠征研究のほうへ
日常圏ではない側の記録は、こちらにまとめてある。
→ 奄美大島の飲み屋街は屋仁川(やんご)|6回通って選んだ名瀬・笠利の9店
→ 福岡遠征の呑み歩き3店まとめ|博多駅・櫛田神社・西中洲を歩いた記録【2026年7月】
→ 京都・清水坂から祇園まで4店まとめ|28年、同じ道しか歩いていない研究員の2日間【2025年4月】
※記事中の価格・メニューはいずれも筆者が実際に訪問した時点のものです。通った回数は筆者の記録および実感に基づくものであり、最新の情報は各店舗にご確認ください。