同じ料理のはずだった。
まず、4皿を並べる。




全部、油そうめんである。
奄美大島の郷土料理だ。現地では「油ぞうめん」と濁って呼ぶ。私はこの料理が好きで、奄美に行くたびに頼んでいる。このブログでは定点観測メニューということにしている。
そして、頼むたびに違うものが出てくる。
油そうめんとは何か
まず、定義のほうから確認しておきたい。
農林水産省の「うちの郷土料理」に、こう書かれている。
豚肉と野菜、そうめんを炒めた郷土料理である。沖縄の「そうめんチャンプルー」に似ているが、奄美地域の「油ゾーメン」は、炒める時にだし汁を入れるのが特徴である。炒め油とだし汁が乳化し、そうめんに絡むので喉越しが良い。
焼きそばの、そうめん版ではない。
沖縄のそうめんチャンプルーは炒める。奄美の油そうめんは、炒めたうえにだし汁を入れて乳化させる。油と出汁が混ざって麺に絡む。だから、そうめんなのにくっつかない。
主な材料は、豚肉・そうめん・ニラ・いりこ・だし汁。
いりこ——つまり煮干しである。これがあとで効いてくる。
農水省が「店によって違う」と書いている
同じページに、こうもある。
だし汁が少し余るくらいがちょうど良い。地域や家庭、店舗によって使うだし汁や量が異なり、「鶏飯」のスープと同様の鶏スープのだし汁を使うこともあれば、キビナゴの出汁を使うこともある。また、汁を少なめに仕上げるところもあれば、にゅうめんのように多めにするところもある。
公式が「店によって違う」と言っている。
ただし、公式はその違いを並べていない。文章で「違いがある」と書いてあるだけだ。どのくらい違うのかは分からない。
私は4皿ぶんの写真を持っている。並べてみる。
4皿の一覧
| 店 | 汁 | 皿 | いりこ |
|---|---|---|---|
| 大島料理かめ(名瀬) | 多め | 丸い白皿 | 見える |
| 脇田丸(名瀬) | 中庸 | 黒い丸皿 | 丸ごと見える |
| たかくら(名瀬) | 少なめ | 緑の丸皿 | 少し見える |
| 居酒屋奄美(東京・神田) | ほぼゼロ | 白い角皿 | 見当たらない |
上から下へ、汁が減っていく。
1. 大島料理かめ(名瀬)——皿に汁が溜まっている

皿の縁に、汁が溜まっている。
麺が汁に浸かっている。にゅうめんに近い。農水省の言う「多めにするところ」が、これだ。
そして、この汁の多さが、私にひとつの食べ方を発明させた。
かめでは長寿草の天ぷらを頼んでいた。汁が多いなら、やることはひとつである。天ぷらを、油そうめんの汁に浸した。
天ぷらそばの要領だ。揚げ衣が汁を吸って、長寿草の香りが麺に移る。これがうまい。
勝手に「長寿草天ぷらぞうめん」と名づけた。
→ 大島料理かめ|奄美・名瀬の「観光客向け」で発明した長寿草天ぷらぞうめん
汁が多い店でしか、この食べ方はできない。
2. 脇田丸(名瀬)——多過ぎず、少な過ぎず

黒い皿の底に、汁が薄く溜まっている。麺は浸かっていない。
具は白菜、玉ねぎ、にんじん、豚肉。そして——煮干しが丸ごと入っている。頭も尾もついたまま、麺に混ざっている。
私はこの店のことを、以前「小魚の出汁が効いている」と書いた。
写真を見直して、書き方が甘かったと思った。出汁が効いているのではない。小魚そのものが入っている。
農水省の材料表にある「いりこ12g(4人分)」は、出汁を取って捨てる分ではなかった。具として入る。
この店のを、私は「中庸の水分量」と呼んで、いちばん食べやすいと書いた。今も同じ意見である。
→ 脇田丸|奄美・名瀬「屋仁川通り」の看板横で呑む漁師居酒屋
3. たかくら(名瀬)——汁がほとんどない

皿は濡れているが、汁は溜まっていない。
麺は細く、ツルッとしている。ニラと人参が上に乗る。盛りも小さい。
たかくらでは料理を何品も頼んだ。全品の完成度が揃っている店だった。その締めに、この量である。
軽快で、最後の1品としてちょうどよかった。汁が多かったら、たぶん入らなかった。
→ たかくら|奄美・名瀬でハブ酒デビューした夜。料理は全品外れなし
4. 居酒屋奄美(東京・神田)——汁ゼロ、そして角皿

汁がない。
そして、ここだけ皿の形が違う。奄美の3店は全部丸皿だったが、ここは長方形の角皿である。
具は豚肉、玉ねぎ、にんじん、いんげん。
そして——煮干しが見当たらない。
写真に写っていないだけかもしれない。断定はできない。ただ、奄美の3皿には、目で見て分かる位置に煮干しがあった。この1皿にはない。
この店で私は「ツユ少なめだった。だからおつまみとして成り立っている」と書いた。そうめんというと締めの印象があるが、これは酒と一緒に食べられる、とも。
→ 居酒屋奄美(神田)|奄美じゃないものばかり頼んで、最後に油ぞうめんに着いた
汁の量は、何で決まっているのか
4皿を並べて、気づいたことがある。
汁が多いほど「食事」に近く、汁が少ないほど「つまみ」に近い。
かめの汁だくは、天ぷらを浸せる。一皿で完結する料理だ。居酒屋奄美の汁ゼロは、箸でつまんで酒を飲める。酒の脇に置く一品だ。
ここで、農水省の記述にもう一度戻りたい。
祝いの席や田植え、稲刈りなど、たくさんの人が集まる時によくつくられた。特に(中略)「八月踊り」の際に欠かせない料理である。(中略)この時に人が大勢集まるため、油ゾーメンを大皿に盛り、皆で取り分けて食べるという。
大皿で取り分けるなら、汁は多いほうがいい。時間が経っても乾かないからだ。
一人前を酒の脇に置くなら、汁はないほうがいい。箸で持ち上がるからだ。
これは私の仮説である。店に確かめたわけではない。
ただ、4皿の汁の量が、そのまま「誰と、どう食べるか」の順に並んでいたのは確かだった。島の行事料理から、東京の居酒屋の一品まで、汁が一皿ずつ減っていく。
それで、どれが正解か
ない。
強いて言えば、全部頼むのが正解である。
私は奄美で油そうめんを頼み続けてきたが、「これが本物だ」という一皿には出会っていない。出会わないのが正しいのだと思う。農水省が「地域や家庭、店舗によって異なる」と書いている料理に、正解の一皿があるほうがおかしい。
同じ名前で、違うものが出てくる。それをそのまま受け取ればいい。
研究員の結論
この4皿で私が持ち帰ったのは、郷土料理は「レシピ」ではなく「幅」で伝わっているということだった。
油そうめんに決まった汁の量はない。あるのは、だし汁を入れて乳化させるという一点だけである。それさえ守れば、あとは店が決めていい。
だから店ごとに顔が変わる。そして変わっても、まだ油そうめんである。
奄美に行く人へ。2軒目でも頼んでみてほしい。1軒目と違うものが出てくる。それが分かると、この料理は面白くなる。
東京にいる人へ。神田で食べられる。ただし、島のものとは汁の量が違う。違うことが分かって食べると、もっと面白い。
奄美の呑み歩き記録
→ 奄美大島の飲み屋街は屋仁川(やんご)|6回通って選んだ名瀬・笠利の9店
→ 若大将|奄美・屋仁川で最初に入った店の焼き車海老が忘れられない
出典・注記
油そうめんの定義・材料・食習に関する記述は、農林水産省「うちの郷土料理」油ゾーメン(鹿児島県)に拠ります。
写真はすべて筆者が各店で撮影したものです。汁の量・具の有無は、撮影したその一皿についての観察であり、その店の常態を保証するものではありません。
※価格・営業時間・定休日は記載していません。行く前に必ず店舗にご確認ください。
黒糖焼酎に、自分のラベルを作ってもらった
徳之島の酒造に依頼して、黒糖焼酎「あまんゆ」27度のオリジナルラベルを36本だけ作ってもらった。やってみたら、税務署が出てきた。