この店は、私が見つけた店ではない。
友人が教えてくれた。「畳の席があるスタバが京都にある」と。

スターバックス コーヒー 京都二寧坂ヤサカ茶屋店。二寧坂に面した、築100年を超える日本家屋のスターバックスである。
訪問は2025年4月21日。この記事を書いているいまからは1年以上前で、値段は書かない。飲んだものと、見えたものと、そのとき考えていたことだけを報告する。
この日の記録はこれで3本目になる。午前は清水坂の八ッ橋、昼過ぎはホテルの屋上のバー、そして午後がこの店だ。写真のExifによれば、バーの入口を撮ったのが13時50分、この店の看板を撮ったのが14時12分。あいだは22分しかない。
28年歩いた坂で、一度も入っていなかった
先に、この記事のいちばん情けないところを書いておく。
私は1997年から清水坂に通っている。八ッ橋を買いに、ほぼ毎回この一帯を歩いている。二寧坂は、その道すじにある。
それなのに、この店には一度も入ったことがなかった。
存在を知らなかったわけではない。目の前を何度も通っている。にもかかわらず、私の頭のなかでは「二寧坂=八ッ橋の店に行く途中の坂」でしかなかったので、そこに何が建っているかを見ていなかった。
この店が開いたのは2017年6月30日である。つまり私は、開店から8年近く、この店の前を素通りしつづけていたことになる。
同じ場所に通い続けている人間は、その場所に詳しいわけではない。通い慣れるというのは、見なくなるということでもある。 目的地が決まっている道では、目的地以外は背景になる。28年かけて、私は二寧坂を「通過する場所」として完成させてしまっていた。
私に必要だったのは、地元の情報でも、下調べでもなかった。外から来た一言だった。
暖簾があって、看板が小さい
坂を上がっていくと、角の建物の二階から、板の看板が下がっている。
木の板に、セイレーンの絵と「STARBUCKS」の文字。緑ではない。この店の看板は、緑色をしていない。
正直に言うと、この日いちばん気に入ったのはこの看板だった。飲んだものより先に、看板の話をしたいくらいである。瓦の下、丸い窓の横、青空の手前。看板だけを見ていると、ここが何の店なのかは分かるのに、どこにでもあるあの感じがしない。
入口には暖簾がかかっている。その脇の板壁に、小さな黒い札が一枚。

これだけである。手のひらに乗るくらいの札に「STARBUCKS COFFEE」と白い字。あとは木の板の、節と木目だけだ。
この店が2017年に開いたとき、スターバックスは「店舗としては世界で初めて、入口に暖簾をかけ、畳の間で過ごせる店」だと発表している。「世界初」というのは会社が言っていることで、事実である。 一方、友人が私に言った「世界で唯一」のほうは、私には確認できなかった。いま現在ほかに畳の店があるかどうかを、私は調べきれていない。分からないので、分からないと書いておく。
行列が、外にない
店内は混んでいた。時刻は14時過ぎ、平日の午後である。
ただし、外に行列はなかった。
これは偶然ではないらしい。この店は、店の前に列ができないように設計されている。二寧坂は世界遺産の清水寺へ続く道で、両側に伝統的な建物が並ぶ保存地区である。そこに何十人も並ばせるわけにはいかない。だから待つ場所は、店の内側にある。

一階で撮った一枚に、答えの半分が写っている。土壁にセイレーンの絵が大きく刷ってあり、その右のガラス戸に「Exit 出口」と書いてある。入ってきたところから出るのではない。 人が入ってくる口と、出ていく口が分かれている。
考えてみれば、この店にはレジに並ぶ列と、席が空くのを待つ人と、帰る人が同時に存在する。それを一本の廊下で処理したら、たちまち詰まる。詰まった客は外にはみ出す。外に出さないためには、内側で流れを分けるしかない。
私はアイスコーヒーのベンティ——一番大きいサイズを受け取って、二階へ上がった。畳の席には順番待ちがあり、しばらく待った。
それでも、待たされている感じがしなかった。列に並んでいるという姿勢を、取らされなかったからだと思う。 同じ十分でも、店の外で一列に並ぶ十分と、建物のなかを移動しながら過ごす十分は、体感がまるで違う。
二階の窓から、瓦屋根が見える
二階には畳の間がある。公式には三箇所あるという。
順番が来て、私は座ることができた。
畳の部屋に上がる前、窓の外を撮っている。

瓦、瓦、瓦。そのむこうに東山の緑。ストロー立てと一輪の花が手前にあって、写真としてはたいして整っていないのだが、この店が「京都の二階」であることは、この一枚でだいたい伝わる。
一時間前、私は八坂の塔のそばのホテルの屋上にいて、同じ京都の屋根を上から見ていた。あちらは昭和8年築の元・小学校で、こちらは築100年を超える日本家屋である。この日の午後、私は二軒つづけて「もとはコーヒーもカクテルも出していなかった建物」で飲んでいたことになる。 そういうことに、あとから気づく。
なお、この建物がもともと何に使われていたかについては、いくつかの説明を見かけたものの、公式の記載としては確認できなかったので書かない。分かっているのは、主屋と大塀が保存地区の伝統的建造物に指定されていること、そして大塀が二寧坂沿いで唯一当時のまま残っている建造物だということである。
紙のカップで出てくる
席に着いて、盆の上にカップを置いた。

白い紙のカップに、白い蓋。ストローはない。
アイスコーヒーなのに透明のカップではないのは、日本のスターバックスが2021年から、冷たい飲みものをホットと兼用の紙カップと、ストローのいらない蓋に切り替えているからだ。プラスチックを減らすための変更である。
だからこの写真の白いカップは、畳のためのしつらえではない。全国どこでも同じカップである。
それでも、黒い盆に載って畳の上に置かれると、この白い筒はやけに落ち着いて見える。特別なものを用意されたわけではないのに、置かれた場所のほうが、ものの見え方を変えてしまう。
14時30分の、二寧坂
腰を下ろすと、部屋は静かだった。

土壁、掛け軸、一輪挿し。畳。座ってしまえば、さっきまでの混雑が遠い。
外は観光の最盛期の京都である。坂は人で埋まっている。店も満席である。それなのに、この部屋のなかでは、ゆっくり座っていることが許されている。
これはたぶん、すごいことだ。混んでいる店で客が急かされないのは、店が急かしていないからにほかならない。靴を脱がせ、畳に上がらせ、盆に載せて出す。その一手間ぶん、人の動きが遅くなる。遅くなるようにできている。
私はこの時間のことを「14時30分のティータイム」として覚えていた。写真のExifを見ると、畳の間でカップを撮ったのが14時29分である。記憶のほうが合っていた。
前の記事では、1997年の私がこの建物を小学校だと認識していたかどうか「まったく覚えていない」と書いた。同じ人間の記憶でも、残るものと残らないものがある。残ったのは、時計の数字ではなく、そのとき静かだったという感覚のほうだ。 14時30分というのは、その感覚に後から貼られた札のようなものだと思う。
そして、この日の私はその1時間前にエスプレッソマティーニを飲んでいる。カクテルのあとのアイスコーヒーだった。
最高だった。
研究員の結論
また行くか:行く。ただし、また誰かに背中を押されたときに。
自分ひとりで京都に行くと、私は八ッ橋を買って帰ってくる。28年そうしてきた。この店に入れたのは、教えてくれる人がいたからである。
そして、この報告でいちばん書いておきたいのはコーヒーの味ではない。混んでいる観光地のまんなかで、静かに座れる場所が成立しているということのほうだ。行列を外に出さない、畳に上げる、盆で出す。そのどれもが、客をゆっくりさせるために効いている。
八ッ橋の店で28年前にお茶を出してもらったときのことを、私はまだ覚えている。京都という街は、こちらを座らせるのがうまい。 店の看板が緑だろうと木だろうと、そこは変わらない。
店舗情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 店名 | スターバックス コーヒー 京都二寧坂ヤサカ茶屋店 |
| 所在地 | 京都市東山区高台寺南門通下河原東入桝屋町349 |
| 開店 | 2017年6月30日 |
| 建物 | 築100年を超える2階建ての日本家屋。主屋と大塀は産寧坂伝統的建造物群保存地区の伝統的建造物に指定されており、大塀は二寧坂沿いで唯一当時のまま残る建造物 |
| 席 | 畳の間が3箇所。ほかに椅子席あり |
| アクセス | 二寧坂の途中。市バス「清水道」または「東山安井」下車。清水坂からは坂を下って徒歩10分ほど |
| 訪問日 | 2025年4月21日(月)14:12〜14:47ごろ |
※営業時間はこの記事では記載しません。訪問時に自分で確認しておらず、公表値も変わることがあるためです。行く前に公式サイトでご確認ください。
※価格は掲載していません。訪問から時間が経っており、記憶で書くと不正確になるためです。
関連する調査報告
- 麺屋ようすけ(佐野)|冬にしか来なかった街に、春に来て食べた青竹手打ち
- 元祖八ッ橋 西尾為忠商店 清水店|「三千世界探しても無いわ」と言われた1997年から、28年通っている
- ルーフトップバーK36|元・小学校の屋上で、八坂の塔を正面に呑む
- 祇園いづう|鯖を買いに行って、甘鯛に持っていかれた
- 京都・清水坂から祇園まで4店まとめ|28年、同じ道しか歩いていない研究員の2日間【2025年4月】
- スターバックス リザーブ ロースタリー 東京|エスプレッソマティーニを3回、3種飲み比べて最初の一杯に戻った【中目黒】
※記事中の飲食物・店内の様子はいずれも筆者が実際に訪問して見聞きしたものです。訪問は2025年4月21日で、本記事の公開時点から1年3か月前にあたります。価格は掲載していません。