私はこの店で、3回同じカクテルを頼んでいる。
2022年10月、2023年10月、2024年7月。写真の記録を並べると、そうなっていた。1年おきに、同じものを注文している。
3回目にようやく、私は自分の好みを言葉にできた。そして言葉にしてみたら、選んだ一杯は1回目に何も知らずに出されたものと、同じものだった。

3回とも、同じカクテルを頼んでいる
写真に残っている訪問は3回ある。
| 回 | 日付 | 時間帯 | 頼んだもの |
| 1回目 | 2022年10月27日 | 21時ごろ | エスプレッソマティーニ(SIGNATURE) |
| 2回目 | 2023年10月19日 | 15時ごろ | エスプレッソマティーニ(SIGNATURE)、アイリッシュコーヒー |
| 3回目 | 2024年7月12日 | 14時ごろ | エスプレッソマティーニ フライト(3種の飲み比べ) |
1回目と2回目のあいだが約1年、2回目と3回目のあいだが約9か月。最初から最後まで1年8か月半である。
この3回のほかにも、私はこの店に来ている。コーヒーだけを飲みに来た回だ。ただしそれが何回だったのかは分からない。そちらは1枚も写真を撮っていないからである。この記事で数えられるのは、酒を頼んだ3回だけだ。
「マティーニ」と名乗っているが、ジンもベルモットも入っていない
エスプレッソマティーニというカクテルについて、先に書いておきたいことがある。
このカクテルは1983年、ロンドンのソーホ・ブラッセリーのバーテンダー、ディック・ブラッドセルが考案したとされる。この店ではバーカウンターの裏にエスプレッソマシンがあり、いつもコーヒーの香りが立ちこめていた。それでマティーニにエスプレッソを入れることを思いついた、という話である。
ここで面白いのは、名前の半分が実態と合っていないことだ。
マティーニと名乗っているのに、ジンもベルモットも使わない。使うのはウォッカとエスプレッソとシロップである。しかも通常のマティーニがステア(かき混ぜる)で作られるのに対し、エスプレッソマティーニはシェイクで作る。マティーニらしさとして残っているのは、マティーニグラスで出てくることくらいで、クープグラス(広口のシャンパングラス)で出された場合は、マティーニの要素と呼べるものが何もなくなる。
この「シェイクで作る」という一点が、あとで出てくる泡の話につながる。覚えておいてほしい。
1杯目|2022年10月、夜の窓際で
最初の一杯は、夜だった。

木のトレイに載って出てきたものを、窓際の丸いテーブルまで持っていって撮っている。外は目黒川で、対岸の灯りがぼんやり滲んでいる。時刻は21時ちょうどだった。
グラスはクープ型。泡の上に、削ったチョコレートがかかっている。この店の SIGNATURE である。
もっとも、このときの私は「SIGNATURE」という名前も知らなければ、このカクテルにほかの種類があることも知らない。ただ出されたものを飲んで、うまいと思っただけである。「エスプレッソマティーニが好きだ」という自覚は、この一杯から始まった。
後年、京都のホテルの屋上でも私は同じものを注文することになるのだが、その話は別に書いた。順番としては、こちらが先である。
2杯目|2023年10月、泡が落ち着く前に
1年後、同じ SIGNATURE を頼んだ。今度は昼下がりの15時である。

出てきた瞬間に、前回と違うことが分かった。泡がグラスの縁いっぱいまで盛り上がっている。
シェイクして注いだ直後だったのだ。エスプレッソマティーニがシェイクで作られるカクテルである以上、この泡はレシピの一部ではなく作りたてであることの証拠である。そして泡は、待てば落ち着く。
だから私は、落ち着く前に撮った。
写真の奥に、透明なボトルが1本立っている。KALAK(カラク)というアイルランド産のシングルモルトウォッカで、この店のエスプレッソマティーニのベースに使われているものだ。モルト大麦から4回蒸留するという、ウォッカとしてはかなり珍しい作り方をする。
置き場所の都合でそこにあっただけかもしれない。それでも、自分が今飲んでいるものの材料が写真の中に一緒に写っているというのは、あとから見返すと嬉しいものである。
同じ日のアイリッシュコーヒーは、エスプレッソで作られていた
この日はもう一杯頼んでいる。アイリッシュコーヒーである。

脚付きのグラスに濃い褐色の液体が入り、その上に白いクリームがくっきりと層になって浮いている。混ざっていない。境目が定規で引いたようにまっすぐである。
このとき撮っておいたメニュー写真を見返して、面白いことに気づいた。この店のアイリッシュコーヒーは、材料が「Whisky / Syrup / Espresso / Fresh Cream」と書かれている。
アイリッシュコーヒーは普通、ドリップしたコーヒーで作る。それをエスプレッソに置き換えている。ロースタリーらしいといえばこれ以上なくロースタリーらしい。個性的な味だと感じたのは、たぶんそのせいである。
3杯目|2024年7月、三つ並べてもらった
3回目は、フライトを頼んだ。同じカクテルの3種類が横に並んで出てくるものである。

先に置かれたのは、この説明カードだった。ARRIVIAMO BAR の丸いロゴが3色、それぞれの下に名前と一文の説明がついている。
| 名前 | カードの説明 |
| SIGNATURE | コーヒーと相性のよいチョコレートを削りかけた、ARRIVIAMO™ BARを代表するエスプレッソ マティーニ。 |
| GIFT FROM THE SUN | コーヒーと同様に太陽の恵みを受けて育ったレモンとオレンジを合わせたエスプレッソ マティーニ。 |
| AGE OF EXPLORATION | 大航海時代にコーヒーと共に交易品として世界中を旅したマデイラワインと胡椒を合わせたエスプレッソ マティーニ。 |
そして、カードの上に3杯が置かれる。丸いロゴがそのままコースターになる仕掛けである。
見た目でも見分けがつく。左は削ったチョコレート。真ん中はレモンとオレンジの皮。右は黒胡椒が挽いてかかっている。
3杯目の説明を読んだとき、少し笑ってしまった。コーヒーとマデイラワインと胡椒が、大航海時代に同じ船に積まれていた交易品どうしだから合わせた、というのである。味の理屈ではなく、歴史の理屈で3つ目が決まっている。
このとき一緒に頼んだのが、1階のイタリアンベーカリー「プリンチ」のチョコレートクッキーだった。

選んだのは、いちばん最初から目の前にあったものだった
3つ飲み比べて、私が好きだったのは SIGNATURE だった。
レモンとオレンジのほうは、香りが立って華やかである。胡椒のほうは、飲んだあとに舌の奥がぴりっとする。どちらも工夫が分かるし、単体で出されたらうまいと言うと思う。
それでも私が選んだのは、チョコレートだけの、いちばん飾りの少ない一杯だった。
理由は自分でも分かっている。私はコーヒーも、コクの深いものが好きなのだ。 香りが上に立つより、味が下に沈んでいるほうがいい。3つ並べてもらってはじめて、それがはっきりした。
ここで気づいたことがある。
SIGNATURE の説明文には「ARRIVIAMO™ BARを代表する」と書いてある。つまりこれは、店が「うちの代表はこれです」と最初から決めていた一杯である。
そして2022年に何も知らずに頼んだのも、2023年に泡を待って撮ったのも、この SIGNATURE だった。
1年8か月半かけて選択肢を3つに増やして、飲み比べて、私は最初に出されたものを選び直した。
これは、遠回りだっただろうか。私はそうは思わない。最初の2杯は「出されたから飲んだ」もので、3杯目の SIGNATURE は「並べて比べて選んだ」ものだ。 中身は同じでも、この二つはまったく違う。自分の好みというのは、たぶん、比べられる形で目の前に並べてもらわないと言葉にならない。
私は、この店のアイスコーヒーを1枚も撮っていない
正直に書いておく。
私はこの店に、コーヒーだけを飲みに来ることのほうが多い。いつもアイスコーヒーである。2022年ごろは何度も来ていた。そして、その1回も写真に残っていない。
何回来たのかも分からない。アイスコーヒーが何種類から選べたのかも、3種類くらいだった気がする、以上のことは言えない。味も、正直なところ思い出せない。だからここには書かない。
ひとつだけ補足すると、この店の公式サイトには、エスプレッソマティーニについて「ベースのエスプレッソは、スターバックス リザーブの旬のコーヒー豆3種(ディカフェを含む)から選べる」と書かれている。私の「3種類から選べた」という記憶がこちらのことなのか、アイスコーヒーのことなのかは、もう区別がつかない。
酒を頼んだ日のことは全部覚えていて、コーヒーだけの日は何も残っていない。 記録を取るとはそういうことだ、と思う。写真を撮らなかったものは、たとえ回数が多くても消える。
建物の話も、少しだけ
飲みものの話ばかり書いたので、建物についても書いておく。

店に入ると、まずこれが目に入る。銅製のキャスク(焙煎した豆を貯めるタンク)である。
公式の発表によれば、世界のロースタリーの中で最も背が高く、4階まで届く高さは約17メートル。表面には職人が一枚一枚手作業で仕上げた桜の花びらが施され、槌目仕上げ――つまり槌で打った跡が残る仕上げ――で作られている。しかもこの打ち跡は、ロースタリー東京の建設に関わったすべての人が自ら銅板をひと打ちして作ったものだという。
外観は隈研吾が手がけている。スターバックスのロースタリーで、ローカルの建築家と一緒に建物から新築したのはここが初めてだそうだ。

フロアは4層に分かれていて、1階がコーヒーのメインバーとイタリアンベーカリー「プリンチ」、2階がティバーナのティーバー、3階がアリビアーモ バー、4階がイベント用のラウンジになっている。
この記事に出てくるカクテルは、全部3階の話である。 1階で並んでコーヒーを買って帰るのと、3階に上がって座るのとでは、同じ建物でもまったく別の店に来たようになる。
2024年7月時点のメニューと、いまの値段
3回目に撮ったメニュー写真がある。

2024年7月12日時点で、このページはこうなっていた。
| 品名 | 価格(2024年7月時点) |
| スターバックス リザーブ エスプレッソ マティーニ | 2,200円 |
| 同 フライト(3種) | 3,300円 |
| セリーン エスプレッソ マティーニ | 2,200円 |
| 東京 レモンチェッロ サワー | 1,900円 |
これは2年前の値段である。 この記事を書いている2026年8月時点の公式サイトでは、エスプレッソマティーニが2,400円、フライトが3,600円になっている。行く前に必ず公式サイトで確認してほしい。
なお、フライトが3,300円だったのに対して単品が2,200円なので、1杯半の値段で3種類飲めたことになる。飲み比べをする気があるなら、フライトのほうが明らかに得である。
研究員の結論
また行くか:行く。そしてまた、同じものを頼む。
飲み比べは済んだ。だから次に3階へ上がったとき、私はたぶんメニューを開かずに SIGNATURE と言う。3種を並べてもらったのは、選択肢を増やすためではなく、一つに決めるためだったのだと思う。
そして、この報告でいちばん書いておきたいのは味のことではない。
3杯横に並べてもらわないと、自分が何を好きなのか言葉にできなかった、ということのほうだ。私はこのカクテルを2年近く飲んでいて、その間ずっと「うまい」としか言えていなかった。比較対象が同時に目の前に来て、はじめて「華やかさよりコク」という一文が出てきた。
もし1杯だけ頼むなら、この店の代表は SIGNATURE である。ただし、余裕があるならフライトを勧めたい。 3つ飲んだ人と1つ飲んだ人とでは、そのあと同じ一杯を頼むときの意味が違ってくる。私はこれから、3つ飲んだ人として同じ一杯を頼み続ける。
コーヒーだけを飲みに寄るのもいい店だ。私自身、そういう来方のほうが多い。それでも、時間と余裕があるなら3階まで上がってほしいと思う。
店舗情報
| 項目 | 内容 |
| 店名 | スターバックス リザーブ® ロースタリー 東京 |
| 所在地 | 東京都目黒区青葉台2-19-23 |
| 開業 | 2019年2月28日(ロースタリーとして世界5番目) |
| 建物 | 地上4階建て。外観は隈研吾。内装のリードデザイナーはリズ・ミュラー |
| フロア | 1F スターバックス リザーブ/プリンチ® 2F ティバーナ™ バー 3F アリビアーモ™ バー(カクテル) 4F AMU インスピレーション ラウンジ |
| 最寄り | 東急東横線・東京メトロ日比谷線 中目黒駅 |
| 訪問日 | 2022年10月27日/2023年10月19日/2024年7月12日(ほかにコーヒーのみの訪問が複数回) |
※営業時間はこの記事では記載しません。公表値が変わることがあり、また混雑時は整理券制になる場合があります。行く前に公式サイトでご確認ください。
※価格は2024年7月12日にメニューを撮影した時点のものです。現在は改定されています。
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※記事中の飲食物・店内の様子はいずれも筆者が実際に訪問して見聞きしたものです。訪問は2022年10月・2023年10月・2024年7月で、本記事の公開時点から約2年から4年前にあたります。価格は2024年7月時点の掲示によります。