食べたあとに残った言葉が、「綺麗」だった。
美味しかった。それは間違いない。ただ、あとから思い返して最初に出てくるのは味ではなく、見た目のほうだった。
こういうことは、あまりない。

30分並んだ
佐野青竹手打ちラーメン 押山。栃木県佐野市の田沼にある。
初めて行った。人にすすめられて、昼に向かった。
30分並んだ。
2023年10月30日、月曜日。写真の空が真っ青である。10月末の、よく晴れた昼だった。
同じ列に、時間を持っている人と、持っていない人がいた
並びながら、周りを見ていた。
私は時間に余裕があった。急ぐ理由がなかったし、30分待つと決めて並んでいた。
だが、そうでない人も大勢いた。見るからに昼休みの、勤務中と思われる人たちである。この人たちの30分は、私の30分と同じ長さではない。
以前、同じ佐野の別の店について、私はこう書いた。
並べるというのは、時間を持っているということである。
書いたときは、自分のことだけを考えていた。並べるようになった側の話として書いた。
同じ列に、並べない人が並んでいるとは考えていなかった。
昼休みに30分を使うというのは、残りの時間から30分を差し引くということである。私が使った30分と、同じ列にいた人が使った30分は、値段が違う。
行列は、平等に見えて平等ではない。
お品書き

待っているあいだに、お品書きを見た。
ラーメン、チャーシューメン、ニンニクラーメン、メンマラーメン、白ネギラーメン、赤ネギラーメン。チャーシューメンに人気NO.1の札がついている。
トッピングの欄に目が留まった。
「煮卵(那須御養卵)」
卵の銘柄が、お品書きに書いてある。これは後で効いてくる。
餃子は3個と5個から選べる。前に書いたことだが、佐野では餃子を少ない個数で頼める店が多い。ありがたい仕組みだと思う。
私が頼んだのは、ラーメンに煮卵、そして餃子5個である。
出てきた

12時47分。
お品書きを撮った12時08分から、39分が経っていた。
そして、これである。
スープが澄んでいる。丼の底が見える。その上にチャーシュー、メンマ、ナルト、白ネギ、そして煮卵。
まさに、佐野ラーメンに求めるものが出てきた。
澄んだスープは、ごまかしが効かない
ここで、並んでいるあいだには考えていなかったことに気づいた。
透明なスープは、綺麗でなければ成立しない。
濁ったスープなら、具の粗は沈んで見えなくなる。切り口が雑でも、色がくすんでいても、スープが隠してくれる。
澄んでいると、全部見える。
チャーシューの切り口。メンマの角。ナルトの渦の中心がずれていないか。ネギの刻み方。それがスープの上に置かれた瞬間に、全部採点される。
だから佐野ラーメンの店は、綺麗でなければならない。綺麗さは飾りではなく、この様式が要求している条件なのだと思う。
押山の一杯は、その条件を正面から満たしていた。
そして麺である。佐野青竹手打ちラーメンと店名に入っている。青竹に脚をかけ、竹の下に置いた生地に体重をかけて延ばす、あの製法である。水分を多く含んだ平打ちの麺は、澄んだスープの中でよく見える。これも隠れない。
綺麗だと、脇役が映える
もうひとつ気づいたことがある。
主役が綺麗だと、脇役が映える。
メンマとナルトは、正直なところ、ふだんそれほど気にして食べていない。メンマは箸休めで、ナルトは色である。ラーメンの感想を書くときに、この2つの話から始める人はいない。
ところが押山では、メンマもナルトも、ちゃんと見えた。
チャーシューの切り口が揃っていて、煮卵の断面が綺麗で、スープが澄んでいる。その基準の中に置かれると、メンマもナルトも同じ基準で見えてくる。逆に言えば、周りが雑な丼では、メンマは目に入らない。
綺麗さは、伝染する。
これは料理に限った話ではない気がする。全体が整っている場所では、細部まで見てもらえる。細部を見てもらえるかどうかは、細部の出来ではなく、全体の水準で決まる。
煮卵の断面

煮卵が綺麗だった。
黄身が鮮やかで、白身に濁りがない。切り口がまっすぐで、割れていない。半分に切った断面が、2つとも同じ形をしている。
お品書きには「那須御養卵」と書いてあった。
調べてみると、栃木県大田原市の稲見商店という会社が作っているブランド卵だった。昭和29年創業。漢方処方の自然飼料を使い、合成着色料や抗生物質を使わない。大田原ブランドに認定されている。
黄身の色がこうなのは、この卵だからなのか。そこまでは私には分からない。分かるのは、お品書きに卵の銘柄が書いてあったということと、実際に出てきた煮卵が綺麗だったということの、2つだけである。
ただ、トッピングの卵に銘柄を書く店が、他のところで手を抜くとは思えない。
餃子の焼き加減

餃子も綺麗だった。
焼き目が均一に入っている。1個だけ焦げているとか、1個だけ白いとか、そういうことがない。5個が同じ顔で並んでいる。
皮が破れていない。中身がはみ出していない。
お品書きには「手包み餃子」とある。手で包んでいて、この揃い方になる。
研究員の結論
また行くか:行く。次は並ぶ時間を計算に入れて行く。
この店で私が持ち帰ったのは、「綺麗」は味の一部であるという当たり前のことだった。
見た目が整っているというのは、工程が整っているということである。切り方が揃うのは、毎回同じように切っているから。焼き目が揃うのは、毎回同じように焼いているから。綺麗さは、再現性の見た目なのだと思う。
そして澄んだスープは、その再現性を隠してくれない。佐野ラーメンという様式は、店に厳しい。
向いているのは、昼に30分を差し出せる人。私はその日、たまたま差し出せる側にいた。
同じ列に、差し出せない人も並んでいた。そのことを、忘れないでおきたい。
店舗情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 店名 | 佐野青竹手打ちラーメン 押山 |
| 所在地 | 栃木県佐野市田沼町 |
| 頼んだもの | ラーメン+煮卵/手包み餃子 5個 |
| 訪問日 | 2023年10月30日(月)12:08〜12:48ごろ |
| 待ち時間 | 約30分(昼のピーク時) |
※アルコールは頼んでいません。呑み歩き研究所を名乗っていますが、この記事に酒は出てきません。
※価格は本文に書いていません。お品書きの写真は2023年10月30日時点のものです。現在は改定されている可能性が高いので、参考程度にご覧ください。
※営業時間・定休日はこの記事では記載しません。公表値は変わることがあるので、行く前にご確認ください。
※待ち時間は訪問時のものです。曜日と時間帯で大きく変わります。
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※記事中の飲食物・店内の様子はいずれも筆者が実際に訪問して見聞きしたものです。訪問は2023年10月で、本記事の公開時点から2年半ほど前にあたります。飲食代はすべて筆者が自分で支払っています。那須御養卵に関する記述は、生産者および大田原ブランドの公開情報によります。