その日は暑かった。35度近くあったと思う。
沼津駅から歩いて10分。着いたときには汗をかいていた。
席に案内されて、しばらくして出てきたものを見て、私は少し驚いた。

お冷は、私にだけ出てきた
お茶と、お冷が並んでいる。
氷が入っていて、グラスが白く曇っている。
そして——他のお客さんの卓に、お冷はなかった。
出ているのはお茶だけである。私のところにだけ、水が来ていた。
理由は考えるまでもない。汗をかいて入ってきたからだ。店員さんが見ていて、水を足してくれた。頼んでいない。言われてもいない。
嬉しい配慮だった。
沼津駅から歩いて10分

お食事処 山正 本店。静岡県沼津市にある。
鮮魚店が営んでいる店で、新鮮な魚と自家製の干物が売りである。看板にも「和食・割烹」「自家製干物」と出ている。
案内では駅から徒歩7分となっているが、あの日の私の体感は10分だった。暑さのぶんだけ長い。
初訪問である。
常連の注文で、自分の選択を確かめた

私は握り寿司が好きである。だから普通なら握りを頼む。
ただこの日は、数量限定の「山正丼」がまだあると言われた。店の定番のおすすめだという。それにした。
入って、カウンターに座った。テーブル席もあるし、奥には座敷もある。
そして周りを見て、確信した。
常連らしきお客さんが多い。この土地の名店なのだと思う。そしてその人たちが、次々と山正丼を注文している。
私の選択は良し。
初めての店で、自分の注文が正しかったかどうかを、私は他人の注文で確かめていた。情けないような気もするが、初訪問というのはそういうものだと思う。
いいねえ、と思った光景
もうひとつ、隣で起きていたことを書いておきたい。
常連らしきお客さんが、その日の焼き魚をすすめられていた。メニューには出ていない、別注文のものらしい。
昼から、ビールと焼き魚。そして締めに寿司。
いいねえ、と思った。
行きつけの寿司屋があって、店の人がその日のいいものを教えてくれて、それを昼から食べる。私はまだその立場ではない。この日は初訪問で、限定の丼を頼んだ客である。
いつかそちら側に行けたらいい。
山正丼

カウンターの向こうにネタケースがある。魚が並んでいる。
注文して、程なく到着した。

これである。

まぐろ、サーモン、いか、たこ。それに玉子ときゅうり。大葉が敷いてある。
丼のうえで色が散らばっていて、どこから食べても違うものが来る。
繁盛店のばらチラシは、美味しいに決まっている
これは食べる前から思っていたことなのだが、書いておく。
繁盛店のばらチラシは、美味しいに決まっている。
理由は2つある。
ひとつ、仕入れる魚の種類が多い。ばらチラシは何種類も乗る料理なので、そもそも扱う魚が多い店でないと成立しない。
ふたつ、回転している。客が多い店は魚が動く。動く魚は新しい。
つまり「繁盛店であること」自体が、ばらチラシの味の条件になっている。だから繁盛店を選べば、ばらチラシで外すことはあまりない。
これは私が勝手にそう思っているだけの理屈だが、この日も外れなかった。
シャリが、やや赤かった
そして書いておきたいのがシャリである。
やや赤い。
理由までは分からない。何をどう使っているのかは聞いていないし、聞いても私に判断できるとは思えない。分かるのは、色がやや赤かったことと、それが美味しかったことだけである。
いいねえ。
ネタの話ばかりされる料理だが、私が覚えているのはシャリのほうだった。
23分で出た
写真の記録を見たら、こうなっていた。
| 時刻 | できごと |
|---|---|
| 11時53分 | 店の前に着く |
| 11時58分 | お茶とお冷が出てくる |
| 12時04分 | 山正丼が来る |
| 12時16分 | 店を出る |
滞在は23分。料理が来てから出るまでは、12分である。
急かされたわけではない。自分でそうした。
繁盛店だから、席を開けよう。
昼のピークで、待っている人がいる店である。食べ終わったら出る。それがこの店での正しいふるまいだと思った。
面白いのは、私は別の記事でまったく逆のことを書いているところだ。茨城県古河市の鰻屋では、うな重が来るまでの37分を待つことこそが贅沢だと書いている。
同じ「良い店」でも、客のふるまいは正反対になる。
待つのが正解の店と、早く出るのが正解の店がある。その見分けがつくかどうかも、たぶん客の側の技術なのだと思う。
予期せぬサプライズ
店を出たあと、駅のほうへ戻る途中で、思いがけないものの前を通った。
キン肉マンミュージアム。
沼津にあるとは知らなかった。調べたら、2024年4月29日に開業した全国初の常設施設だという。「夢の超人タッグ編」に出てくるトーナメント・マウンテンが富士山につながっている、という縁で沼津なのだそうだ。
1階は物販とフリースペース、2階には複製原画や等身大フィギュア、そして作者の歩みを紹介する展示がある。
軽く見た。
寿司を食べに来て、キン肉マンに会う。予定していないものに当たるのが、知らない街を歩く理由でもある。
駅で呑み歩きだった

電車の時間まで少しあった。
静岡麦酒。サッポロの静岡工場でつくられている、ふじのくに限定・数量限定のビールである。麦芽100%と書いてある。
そして静岡県産の緑茶割り。抹茶入りとある。静岡に来て緑茶ハイを飲まない手はない。

ホームで電車を待ちながら、これを飲んだ。
駅で呑み歩きだった。
店で飲まなかったぶんが、ここに来た。というより、この日は最初から昼に寿司を食べる予定だったので、酒は駅でと決めていた。
研究員の結論
また行くか:行く。次は握りを頼む。
この店で私が持ち帰ったのは、店の良し悪しは、料理が来る前に分かることがあるということだった。
お冷が出てきた時点で、私はこの店を信用していた。汗をかいて入ってきた客を見て、頼まれていないものを出す。その判断ができる店が、料理で手を抜くとは思えない。
似たことを、栃木県益子町のそば屋でも感じた。あちらはお冷のコップが昭和のプリントグラスで、それだけで嬉しくなった。あれは「もの」が良かった。こちらは「人」が見ていた。
どちらも料理の前である。
向いているのは、繁盛店のリズムに乗れる人。ゆっくりしたい日には向かない。
そして、暑い日に歩いて行くこと。あの水は、たぶん涼しい日には出てこない。
店舗情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 店名 | お食事処 山正 本店 |
| 所在地 | 静岡県沼津市(沼津駅から歩いて10分ほど) |
| 特徴 | 鮮魚店が営む店。新鮮な魚と自家製干物 |
| 席 | カウンター/テーブル/奥に座敷 |
| 頼んだもの | 山正丼(数量限定) |
| 訪問 | 2026年7月14日(火)11:53〜12:16ごろ(初訪問) |
| 酒 | 店では飲んでいません。駅で静岡麦酒と静岡県産緑茶割り |
※価格は掲載していません。メニューの写真は2026年7月14日時点のもので、現在は改定されている可能性があります。
※営業時間・定休日はこの記事では記載しません。公表値は変わることがあるので、行く前にご確認ください。
※山正丼は数量限定です。この日は昼前に入って残っていましたが、なくなり次第終了です。
※キン肉マンミュージアムに関する記述は公開されている情報によります。館内の写真は掲載していません。
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※記事中の飲食物・店内の様子はいずれも筆者が実際に訪問して見聞きしたものです。飲食代はすべて筆者が自分で支払っています。