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祇園いづう|鯖を買いに行って、甘鯛に持っていかれた

奥に鯖姿寿司、手前に甘鯛が並んだ二貫

その日、私はもう一歩も歩きたくなかった。

ホテルの部屋で寿司を食べて、ハイボールを一杯やって、寝る。2025年4月21日の夕方に私が考えていたのは、それだけである。

目次

前の日に31,611歩、その日すでに20,000歩

前日の4月20日、私は大阪の万博会場にいた。この日の歩数計は31,611歩を記録している。

明けて21日は京都へ移動し、祇園に宿を取った。そこから八坂神社へ上がり、二寧坂、産寧坂、清水坂と歩いて、折り返してまた祇園まで戻ってきた。宿に着いた時点で、すでに20,000歩を超えている。

二日で五万歩である。

断っておくと、歩くこと自体は嫌いではない。むしろ好きなほうで、この一年ほどあとの2026年2月1日には、奄美大島で開かれる「AMAMI yori yori RUN」の50kmを歩き通している。そのあたりの記録は、もうひとつのサイト自分の歩き方研究所にまとめている。

つまり私は、五万歩くらいで音を上げる人間ではない。それでもこの日の夕方は、これ以上どこかへ出かける気になれなかった。歩ける体力が残っていることと、出かけたい気分が残っていることは、別の話である。

この日の記録はこれで4本目になる。午前は清水坂の八ッ橋、昼過ぎはホテルの屋上のバー、午後は二寧坂の畳のスターバックス。そして夕方が、この報告である。

部屋で飲むために、外に出た

部屋で飲むと決めたのだから、部屋に持ち込むものを買いに行かなければならない。

出かけたくないので出かける、という妙な話になる。せめて近くで済ませたい。そう思って宿の周辺を調べたら、評価のやたら高い寿司屋がすぐ近くにあった。

いづうである。

祇園いづうの店構え。瓦庇の下に白い暖簾と木の看板
祇園いづうの店構え。白い暖簾に「いづう」の三文字だけ。

歩いて行ってみると、こういう店だった。町家の一階、瓦の庇の下に白い暖簾。「いづう」とだけ書いてある。庇の上には木の看板。右手には「寿し いづう」の行灯。壁には品書きの額が一枚かかっているだけで、写真も値段も出ていない。

あとで調べて分かったのだが、この店は天明元年(1781年)創業である。初代の名をいづみや卯兵衛といい、屋号はその頭の字から来ている。244年前だ。私が「宿の近くにある高評価の店」として調べ当てたのは、そういう店だった。

もともとは、祇園のお茶屋へ寿司を届ける仕出しの店として始まったという。だから店の位置がここなのである。

「四種類、詰められますよ」

暖簾をくぐる。

私の頭にあったのは、鯖の押し寿司を一本買って帰る、という単純な計画だった。この店の名物が鯖姿寿司であることくらいは調べがついている。それだけ買えば用は足りる。

ところが、店の方と話しているうちに計画が崩れた。

「四種類、詰められますよ」

そう言われてしまえば、四種類にするしかない。鯖姿寿司、甘鯛とろろ昆布寿司、甘鯛姿寿司、焼穴子寿司。二貫ずつ、合わせて八貫。

このとき店の方が教えてくれた話がひとつある。祇園という土地柄、この店の寿司は芸妓さんや舞妓さんへのお持たせとしても使われるのだそうだ。お座敷に出る人へ、贈り物として渡される。仕出しから始まった店だと知ったのは後のことだが、話としてはきれいにつながっている。

いづうの店内。木のテーブルと藍の座布団を載せたベンチが並ぶ
店の奥。持ち帰りだけでなく、ここで食べていくこともできる。

店の奥は、こうなっていた。木のテーブルと、藍色の座布団を載せた木のベンチ。障子、黒いタイルの床。この店は持ち帰りだけでなく、ここで食べていくこともできる。

私はここには座らなかった。座りたい体ではあったのだが、この日の目的は「部屋から出ないこと」だったので、持ち帰りを選んだ。いま思えば、ここで一枚撮っておいたのは正解だった。次に来たときに座るための下見になっている。

会計については、ひとつだけ書いておく。油断していると、驚く。 桁が想定と違った。金額は書かないが、そういう店である。

赤い袋を提げて、五分で帰る

いづうの赤いビニール袋と、背景の店構え
朱色の袋に金文字。これを提げて祇園の路地を歩いた。

出てきたところで一枚撮っている。朱色のビニール袋に、金色で「いづう」の文字と電話番号。この袋を提げて祇園の路地を歩いているだけで、なんとなく用事を済ませた顔になれる。

写真のExifを見ると、店の外観を撮ったのが17時24分、この袋を撮ったのが17時34分である。店にいたのは十分ほど。 そのあいだに計画が一本の押し寿司から八貫に変わっているので、十分にしてはよく喋ったことになる。

桐の折箱と、「お昆布をお取りください」

宿に戻って、机の上に置いた。

ホテルの机の上に置かれた桐の折箱と、いづうの名刺
歩き回った観光マップのとなりに、歩かないための箱がある。

桐の折箱、箸袋、そして「京都祇園新地 いづう」と刷られた名刺。左上に写り込んでいるのは、その日さんざん歩いた界隈の観光マップである。歩き回った紙のとなりに、歩かないための箱がある。 この一枚は、いま見返すとその日の私をよく表している。

蓋を開ける。

折箱に詰められた四種類八貫の寿司
奥左が鯖姿寿司、奥右が甘鯛姿寿司、手前左が甘鯛とろろ昆布寿司、手前右が焼穴子寿司。

奥の左が鯖姿寿司。分厚い黄緑の昆布が巻いてある。奥の右が甘鯛姿寿司で、淡い桃色の身に黄緑の網目が走っている。手前の左が甘鯛とろろ昆布寿司。黒みがかった昆布のシートに白い粉が浮いている。手前の右が焼穴子寿司。二貫ずつ、たしかに四種類ある。

そして左端に、白い紙が一枚入っていた。「お昆布をお取りください いづう」と書いてある。

これは親切な紙である。いづうの鯖姿寿司は、北海道産の真昆布を生酢でやわらかくしたもので巻いてある。あの分厚い昆布は、食べるためのものではなく、寿司に味を移すためのものなのだ。そのまま噛むものだと思って口に入れると、たぶん昆布の味しかしない。

ついでに書いておくと、いづうの姿寿司は、握ってからの時間で味が変わっていく「早熟れ寿司」だという。時間が経つほど昆布のうま味が飯と身に移る。江戸前の寿司のように「握りたてが頂点」ではない。

私が店を出たのが17時34分、折箱を開けたのが17時45分である。つまり私が食べたのは、その日いちばん若い状態のいづうだった。狙ってそうしたわけではない。歩きたくなかっただけである。

鯖姿寿司——本命だったはずのもの

昆布を外した鯖姿寿司の一貫
鯖姿寿司。案内のとおり、分厚い昆布を外してから食べる。

紙の言うとおりに昆布を外すと、こうなった。青光りする皮、その下の身、そして飯。これが名物の鯖姿寿司である。

ハイボールを開けて、これを最初に食べた。

うまい。締め方が強すぎず、飯が酸っぱすぎず、昆布の味がちゃんと通っている。期待していたものが、期待していたとおりに出てきた。 名物とはそういうものだ。ここで話が終わっていれば、私は「祇園の鯖寿司はうまかった」という感想を持って寝ていたはずだった。

甘鯛が、想定を壊した

白い身がふっくらと厚い甘鯛の一貫
甘鯛。白身なのに、身がふっくらと厚い。

次に甘鯛を食べて、私は声が出た。

白身なのに、ふわふわなのである。

甘鯛を食べたことがなかったわけではない。何度かある。だからこそ、この一貫が「自分の知っている甘鯛」の範囲から外れていることが分かった。締めてあるのに固くない。押してあるのに潰れていない。身が厚く、口のなかでほどける。

甘鯛は京都で「ぐじ」と呼ばれる。若狭で獲れるものが特に上等とされていて、若狭という土地は古くから朝廷に食材を納める「御食国(みけつくに)」だった。ぐじは、もともと都に運ばれるための魚である。 その魚が、244年前から祇園にある寿司屋の折箱に入っている。理屈としては、いちばん自然な場所に収まっていたわけだ。

私はこの一貫で、完全に順番を組み替えられた。

味の濃い穴子まで、うしろに下がった

焼穴子寿司の一貫
焼穴子寿司。単体で出てきたら十分に主役を張れる味だった。

焼穴子も食べた。

これも、単体で出てきたら十分に主役を張れるものだったと思う。焼いた穴子は味が濃い。甘くて香ばしくて、輪郭がはっきりしている。

それなのに、印象が薄れた。

濃い味のほうが記憶に残るとはかぎらない。 この日は、いちばん静かな味がいちばん残った。順番というのは、こちらの舌が勝手に決めるものであって、味の強さで決まるわけではないらしい。

鯖の印象も、同じように後ろへ下がっていった。あれだけ楽しみにしていたのに、である。

鯖の上に、甘鯛が置かれていた

奥に鯖姿寿司、手前に甘鯛が並んだ二貫
奥が鯖、手前が甘鯛。ピントは手前に合っている。

最後に撮った一枚が、これだった。18時11分。

奥に鯖、手前に甘鯛。ピントは手前に合っている。そういう構図で撮ったつもりはなかった。 けれども、その日の私の頭のなかは完全にこの通りになっていた。名物が奥でぼやけて、名物でないほうが手前にはっきり写っている。

私は名物を買いに行ったのである。四種類詰めてもらったのも、鯖のついでという気持ちだった。それが数十分で入れ替わった。

一番になるものを、こちらが指名することはできない。

この京都編で私が書いてきたのは、そういう話ばかりだった気がする。同じ場所にしか行かないこと。通っているあいだに場所のほうが変わっていること。歩いていたのに気づいていなかったこと。そして今回は、楽しみにしていたものと、実際に残ったものが違ったことである。

自分の好みくらいは自分で分かっているつもりでいた。分かっていなかった。

研究員の結論

また買うか:買う。次も四種類にする。

高いとは思う。会計のときに一瞬止まる程度には高い。それでも、また買う。「高いから記憶に残った」のではないことが、自分ではっきり分かっているからだ。 高かったのは八貫ぜんぶで、私の記憶に残ったのは、そのうちの一種類である。

そして、この報告でいちばん書いておきたいのはこれだ。

私はこれまで、京都に行くと八ッ橋を買って帰ってきた。28年そうしてきた。人生で最後に食べたい甘味はあれだと思っているし、それは今も変わらない。

そこに、もう一つ増えた。八ッ橋と同じ日に食べるべきものが、一つ増えてしまった。 しかも今回は、歩き疲れて出かけたくない夕方に、宿の近くを検索しただけで手に入っている。

一日中歩いた日の終わりに、部屋で押し寿司を開ける。悪くない。むしろ、これ以上ないくらい京都らしい終わり方だったと思う。

店舗情報

項目内容
店名京都祇園新地 いづう
所在地京都市東山区八坂新地清本町367
創業天明元年(1781年)/初代 いづみや卯兵衛
名物鯖姿寿司。北海道産の真昆布を生酢でやわらかくしたもので巻いてある。時間が経つほど昆布のうま味が移る「早熟れ寿司」
このとき買ったもの鯖姿寿司/甘鯛とろろ昆布寿司/甘鯛姿寿司/焼穴子寿司 を各2貫(四種類を折に詰めてもらった)
食べ方姿寿司の昆布は外して食べる。折箱に案内の紙が入っている
店内飲食「お召し上がり処」があり、持ち帰りだけでなく店内でも食べられる
アクセス祇園。京阪「祇園四条」駅から徒歩数分
訪問日2025年4月21日(月)17:24〜17:34ごろ(持ち帰り)

※営業時間はこの記事では記載しません。訪問時に自分で確認しておらず、公表値も変わることがあるためです。行く前に公式サイトでご確認ください。

※価格は掲載していません。訪問から時間が経っており、記憶で書くと不正確になるためです。

関連する調査報告

※記事中の飲食物・店内の様子はいずれも筆者が実際に訪問して見聞きしたものです。訪問は2025年4月21日で、本記事の公開時点から1年3か月前にあたります。価格は掲載していません。

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