私は長いあいだ、苺は大きくて甘いものがいちばんだと思っていた。
その考えが変わったのは、いちご農園の中にあるレストランで、農場の人に一言もらったからである。

森ファームという、いちご農園の中にある
茨城県古河市。森ファームといういちご農園の敷地に、「ゆるりの森」というレストランがある。
看板の立つ小径を歩いて建物へ向かう。両脇はパンジーの花壇で、突き当たりに背の高い木立が並んでいる。名前のとおり、森の中である。

中に入ると天井が高く、梁がそのまま見えている。大きな窓の向こうは落葉した雑木林。テラス席もある。1月なので木々に葉はなく、そのぶん光がよく入る。
品書きは3つのコースで組まれている。森のごはん、田んぼのごはん、畑のごはん。その土地の食材を出してくれる店で、私が頼んだのは畑のごはんだった。理由は単純で、その土地その土地の蕎麦を食べるのが好きだからである。
訪問は2回。どちらも1月の、よく晴れた日だった
| 回 | 日付 | 滞在した時間帯 |
|---|---|---|
| 1回目 | 2024年1月22日(月) | 11時20分〜12時13分(約53分) |
| 2回目 | 2025年1月28日(火) | 12時16分〜14時35分(約2時間19分) |
写真の記録を並べたら、2回とも1月の下旬だった。ちょうど1年おきである。苺の季節を選んで来ているのだから当然なのだが、日付まで揃うとは思っていなかった。
そして2回とも晴れていた。写真の空が青い。これは私の記憶とも一致する。この店の話をするとき、私はいつも晴れた日のことを思い出す。
1回目|2024年1月22日
前菜

長い角皿に、サラダ、人参のマリネ、ポテトサラダ、豆、絹さや、クラッカー。そして苺が1粒。小鉢が2つとスープが添えられる。
前菜の段階で、もう苺が出てくる。この店がどういう店なのかが、最初の一皿で分かる。
常陸秋そば

畑のごはんのメインがこれである。常陸秋そばと、野菜の天ぷら。漆の膳に、そばつゆの徳利とそば猪口が並ぶ。
常陸秋そばについて、少し書いておく。茨城県で生まれた品種で、もとは金砂郷(現在の常陸太田市)の在来種である。1978年に茨城県農業試験場が育成に着手し、3年余りかけて誕生した。1985年に県の奨励品種に採用されている。玄そばの最高峰と呼ばれることもある。
この日のそばは、色が濃く、太めだった。
そして、苺の食べ比べ

デザートで出てきたのがこれである。
いちごの形をした札に、手書きでこう書いてあった。
食べくらべ 上から順番に
♡ 恋みのり
♡ よつぼし
♡ 紅ほっぺ
グラスに苺が縦に3粒積んである。上から順に食べていくと、3種類を続けて味わえるという仕掛けだ。横に苺のムースと焼き菓子が添えられて、デザート3種になる。
3つ並べて比べる。この形式に、私はどうやら弱いらしい。
大きい苺がいちばんだと思っていた
ここで、農場の人に教わった話を書く。
一口で口に入る苺は、酸味と甘味を同時に味わえます。バランスが大切なんですよ。
言われてみれば、そのとおりだった。
大きい苺は、一口では食べられない。かじって、またかじる。そうすると何が起きるか。甘いところばかりを求めてしまう。
苺は先端が甘く、ヘタに近いほうが酸っぱい。分けて食べれば、当然そちらを選ぶ。甘いところだけを食べれば、美味しいに決まっている。
でも、それは苺を全部味わったことになるのだろうか。
一口で入る大きさなら、酸味と甘味が同時に口の中に来る。そのバランスごと味わえる。農場の人が言っていたのは、そういうことだった。
大きくて立派な苺には、それはそれで価値がある。ただ「大きい=いちばん美味しい」ではない、というだけの話である。この区別を、私は40代の後半になるまで知らなかった。
そして最近は、練乳よりも苺そのものの味を求めるようになった。
2回目|2025年1月28日
1年後、もう一度来た。

前菜の構成はよく似ている。サラダ、人参のマリネ、ポテトサラダ、豆、そしてやはり苺が1粒。小鉢とスープとオレンジジュース。

そばも頼んだ。ただしこの日のそばは、前年より色が白く、細かった。同じ「常陸秋そば」と書かれていても、年が変われば見た目は変わる。挽き方の違いなのか、時期の違いなのか、そこまでは私には分からない。写真を並べて、違うということだけが分かる。


デザートは、焼き菓子と苺のソース、そして苺が1粒。苺の入った水も出てきた。
この日は、あの食べ比べの札はなかった。内容は年によって変わるのだと思う。だから前の章に書いた3種類の食べ比べは、2024年1月に私が受け取ったものであって、いま行って同じものが出るとは限らない。
帰りに買ったのは「恋みのり」だった

14時35分。食べ終えたあと、農園で苺を買っている。
「森ファーム 茨城県産 恋みのり」。
食べ比べの札で、いちばん上に書かれていた品種である。1年前に3つ並べて食べて、翌年に買って帰ったのが、その1つ目だった。
意図してそうしたのかは、正直に言うと自分でも分からない。ただ3つ食べたから選べたのは確かだと思う。1種類しか知らなければ、そもそも選ぶという行為が発生しない。
この店に酒は置いていない
呑み歩き研究所と名乗っておきながら、この店にアルコールはない。
出てくるのはオレンジジュースであり、苺のスムージーであり、コーヒーである。それでも私はここを記録に残している。
いちごと、その土地の食材を楽しむための店だからだ。酒がないことは、この店にとって欠けている要素ではない。最初からそういう設計になっている。
研究員の結論
また行くか:行く。次も1月に、晴れた日に。
この店で私が持ち帰ったのは、そばの味でも苺の甘さでもなく、比べ方だった。
3つ並べて出されると、人は比べる。比べると、自分の好みが言葉になる。「大きくて甘いのがいちばん」だと思い込んでいたのは、比べたことがなかったからである。
そして農場の人の一言は、その場で聞かなければ一生知らなかった類のものだ。ネットで「苺 おすすめ 品種」と検索しても、たぶん出てこない。作っている人のいる場所で食べる、というのはそういうことなのだと思う。
向いているのは、時間を持っている人である。11時から15時までしか開いていないし、コースなので次々に出てくるわけでもない。急いでいる日に来る店ではない。
そして苺の季節に来ること。私は2回とも1月に来ている。それはたぶん、正しい。
店舗情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 店名 | ゆるりの森 |
| 所在地 | 茨城県古河市(いちご農園「森ファーム」の敷地内) |
| 品書き | 森のごはん/田んぼのごはん/畑のごはん の3コース。アルコールの提供はなし |
| 畑のごはんの構成 | サラダ、小鉢、スープ、野菜天ぷら、常陸秋そば、デザート3種(2024年1月時点) |
| 訪問日 | 2024年1月22日(月)11:20〜12:13ごろ/2025年1月28日(火)12:16〜14:35ごろ |
※営業時間はこの記事では記載しません。2025年1月の訪問時、入口の立て看板に営業時間とラストオーダーの掲示は確認しています。ただし公表値は変わることがあるので、行く前にご確認ください。
※価格は掲載していません。筆者が控えておらず、記憶で書くと不正確になるためです。
※コースの内容と苺の品種は、訪問時点のものです。2024年と2025年で、そばの見た目もデザートの構成も変わっていました。
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※記事中の飲食物・店内の様子はいずれも筆者が実際に訪問して見聞きしたものです。訪問は2024年1月と2025年1月で、本記事の公開時点から1年半から2年半前にあたります。飲食代はすべて筆者が自分で支払っています。常陸秋そばに関する記述は農林水産省および茨城県の公開情報によります。