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川魚料理 武蔵屋(古河)|明治中期の土蔵造で、上うな重を食べる

武蔵屋の上うな重。黒い重箱に蒲焼が3枚

うな重より先に、建物の話を書かなければならない。

武蔵屋の上うな重。黒い重箱に蒲焼が3枚
たれは照りが強く、蒲焼の表面が光っている。

私が2025年7月に入ったこの店は、建物そのものが国の登録有形文化財である。飲食店が文化財の中に入っているのではなく、文化財として登録されている建物が、いまも鰻屋として営業している。

目次

旧日光街道に面した、明治中期の土蔵造

川魚料理 武蔵屋の外観。旧日光街道に面した土蔵造2階建の建物
外壁は黒塗りで腰まで石貼。2階前面に開放的な縁側を通し、手摺りを設けている。

写真のとおりである。

2階建て。外壁は黒く塗ってあり、腰から下は石が貼ってある。2階の前面には縁側が通っていて、手摺りがついている。屋根から吊り看板が下がり、そこに「武蔵屋」。

この特徴は、私が見て書いているのではない。茨城県教育委員会の文化財の解説文が、ほぼこのまま書いている。

堅牢かつ重厚な外観をもつ料理屋建築で、旧日光街道に面し、古河宿の面影を伝える。土蔵造2階建、寄棟造桟瓦葺。外壁は黒塗りで腰まで石貼。2階前面に開放的な縁側を通し、手摺りを設けている。

登録の内容はこうである。

項目内容
名称武蔵屋店舗 一棟
登録日平成25年(2013年)6月21日
登録番号第08-0256号
構造土蔵造2階建、瓦葺、建築面積72㎡、門付
建設年代明治中期

店内にその登録証が額に入れて掛けてある。

武蔵屋店舗の登録有形文化財登録証
平成25年6月21日登録、登録番号第08-0256号。

この店の前身は、江戸末期の「漆屋」という茶屋だった。明治44年に料理屋へ転業したときに「武蔵屋」と名を改めている。公式サイトによれば創業は明治44年。つまり、建物のほうが商売より古い。

2011年3月4日、建物は後ろへ動かされた

登録証の額には、もうひとつ写真が入っていた。建物を曳いている工事の写真である。

手書きの説明が添えてあった。

曳屋さんが後方(東)へ曳いた時 2011.3.4(3.11地震の1週間前)

曳屋というのは、建物を壊さずにそのまま移動させる工事のことである。明治中期の土蔵造を、持ち上げて、後ろへ動かした。

日付を見てほしい。2011年3月4日である。その7日後に、東日本大震災が起きている。

公式サイトによれば、この店は平成22年11月から大規模な改修に入り、平成23年12月10日に新装開店している。曳屋はその工事の途中だった。震災をどうくぐったのかは書かれていないし、私も聞いていない。

ただ、その工程表のまんなかに3月11日が入っていたということだけは、掲示された1枚の写真から分かる。そして建物はいまも建っていて、2013年に文化財として登録され、私はその2階で鰻を食べている。

それ以上のことは書かない。書けるのは、店が自分で額に入れて掲げている事実だけである。

2階の座敷に、屏風が立ててある

武蔵屋2階の座敷。六曲の屏風と籐の座椅子
壁ぎわに六曲の屏風が立ててある。

通されたのは2階の座敷だった。畳の部屋に座卓が並び、籐の座椅子が置いてある。壁ぎわに六曲の屏風が立ててあって、緑の山と、そのあいだを埋める大勢の小さな人の姿が細かく描き込まれている。何を描いたものかは、私には分からない。

正面の欄間の上に、細い窓から光が入る。この部屋は、鰻屋の座敷である前に、料理屋の座敷だった部屋である。

武蔵屋の白い暖簾に墨書された店名
外から見えるのはここまでで、中がどうなっているかは入らないと分からない。

入口の暖簾は白く、「武蔵屋」と墨で書いてある。脇に品書きの立て看板。外から見えるのはここまでで、中がどうなっているかは入らないと分からない。

頼んだもの

到着は11時18分。ここでも私は酒を飲んでいない。

キリン グリーンズのノンアルコールビールと香の物
11時31分。瓶をグラスに注いで出てくる。

11時31分、ノンアルコールビールと香の物。瓶はキリンのグリーンズで、グラスに注いで出てくる。

武蔵屋の香の物と箸袋
染付の小鉢に、きゅうり、昆布、大根、にんじん。

香の物は染付の小鉢に、きゅうり、昆布、大根、にんじん。箸袋には「川魚料理 武蔵屋」と、代表番号。

この店にも酒はある。品書きには瓶ビールも焼酎も冷酒もある。それでも私はノンアルコールを頼んだ。古河には車で来ていて、この街で酒を飲んだことは一度もない。

武蔵屋の本日のメニュー
2025年7月15日に撮影。特上うな重、上うな重、蒲焼、白焼き。

卓に置かれた「本日のメニュー」がこれである。特上うな重、上うな重(肝吸い付)、蒲焼、白焼き。飲みものが下に続く。その日ごとに差し替える一枚である。

白焼き(11時45分)

武蔵屋の白焼き。朱塗りの器にわさびだけが添えられている
朱塗りの角い器に、そのまま置いてある。添えはわさびだけ。

朱塗りの角い器に、そのまま置いてある。添えはわさびだけ

同じ古河のたたみ家では、白焼きは色絵の角皿に、おろし生姜とわさびを添えて出てきた。どちらが正しいという話ではない。同じ料理名で、器も添えものも違う。

焼きは香ばしく、皮のきわに焦げが立っている。身は白く、脂が透けている。

上うな重・肝吸い付き(11時46分)

武蔵屋の上うな重と香の物と肝吸いの全景
肝吸いに三つ葉と、桜のかたちに抜いた蒲鉾が浮いている。

白焼きの1分後に、うな重が来た。

黒い重箱に朱の内側。蒲焼が3枚、ごはんを覆って並んでいる。肝吸いには三つ葉と、桜のかたちに抜いた蒲鉾が浮いている。

武蔵屋の上うな重。黒い重箱に蒲焼が3枚
皮のきわに焼き目がしっかり入っていて、身は厚い。

たれは照りが強く、蒲焼の表面が光っている。皮のきわに焼き目がしっかり入っていて、身は厚い。

着席から28分。たたみ家の37分より9分早い。どちらが良いという話でもない。

蒲焼は個性である

古河で2軒の鰻屋に入って、いちばん強く思ったのはこれである。

蒲焼には個性がある。

同じ「うな重」という名前で、たれの濃さも、焼きの強さも、身の厚さも、ごはんの炊き方も違う。白焼きの添えものすら違う。どちらが上ということはなく、どちらが好きかという話にしかならない。

そして、その差は食べ比べないと分からない。私は2023年と2024年にたたみ家へ行き、2025年に武蔵屋へ来た。3年かけて、ようやく比べられる状態になった。

2軒は直線でおよそ270メートルしか離れていない。歩いて4〜5分の距離に、まったく違う鰻がある。

研究員の結論

また行くか:行く。次は特上を頼んでみたい。

この店について書いておきたいのは、建物と料理のどちらが主役かという問いに、答えが出ないことである。

明治中期の土蔵造で、旧日光街道に面していて、2013年に文化財に登録されている。それだけで見に来る価値がある建物だ。ただしここは資料館ではない。座敷に上がったら鰻が出てくるし、代金を払って食べて帰る。文化財の中で普通に昼飯を食べられるというのは、考えてみるとかなり贅沢である。

そしてもうひとつ。私はここでも酒を飲んでいない。ノンアルコールビールと、香の物と、白焼きと、上うな重。それで十分に満足して店を出ている。

呑み歩き研究所という名前でこの記録を書いているが、古河のたたみ家でも武蔵屋でも、私は一度も酒を頼んでいない。この街は、私にとって酒を飲まずに贅沢をする街である。それはそれで、記録しておく価値のある通い方だと思っている。

店舗情報

項目内容
店名川魚料理 武蔵屋
所在地茨城県古河市横山町1-2-15
創業明治44年(前身は江戸末期の茶屋「漆屋」)
建物国登録有形文化財「武蔵屋店舗」(登録番号第08-0256号/平成25年6月21日登録)。明治中期、土蔵造2階建、瓦葺、建築面積72㎡、門付
1階ホールと2階座敷
最寄りJR古河駅西口から徒歩8分(公式サイトによる)。店の裏に駐車場あり
訪問日2025年7月15日(火)11:18〜12:00ごろ

※営業時間・定休日はこの記事では記載しません。公式サイトに記載はありますが、変わることがあります。行く前にご確認ください。

※価格は掲載していません。筆者が控えておらず、記憶で書くと不正確になるためです。記事中のメニュー写真は2025年7月15日に撮影したもので、現在は改定されている可能性が高いです。

関連する調査報告

※記事中の飲食物・店内の様子はいずれも筆者が実際に訪問して見聞きしたものです。訪問は2025年7月15日で、本記事の公開時点から約1年前にあたります。建物に関する記述は茨城県教育委員会の文化財情報および店の公式サイト・店内掲示によります。飲食代はすべて筆者が自分で支払っています。

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