うな重が出てくるまで、私は37分待っている。
腹を立てているのではない。この37分は、注文に含まれている。 注文を受けてから割いて焼く店では、待つことが料理の一部になる。

私はこの店に2回行った。2023年と2024年、どちらも夏の土用の丑の日より前の、平日の昼前である。
2回とも、混む日と混む時間を外している
まず記録を並べる。
| 回 | 日付 | 滞在した時間帯 | その年の土用の丑の日 |
| 1回目 | 2023年7月3日(月) | 11時08分〜11時39分 | 7月30日(27日前) |
| 2回目 | 2024年6月17日(月) | 11時56分〜12時34分 | 7月24日(37日前) |
意図してそうしたわけではない。写真の記録を並べたら、2回とも丑の日のひと月ほど手前で、2回とも月曜の昼前だった。
鰻屋がいちばん混むのは土用の丑の日である。その日に行けば、たぶん同じものが出てくる。ただし待ち時間の意味は変わる。行列のなかで待つ37分と、席に座ってうざくをつつきながら過ごす37分は、同じ長さでも別のものだ。
私はこの街に住んでいない。年に何度か来る用があるだけである。だから日を選べる立場ではないのだが、結果として2回とも選べていた。

暖簾は濃い茶色で、白く店章が抜いてある。両脇に「うなぎ」「川魚料理」。左手のガラス戸には短冊の品書きがずらりと貼ってあって、天ぷら定食も、二段重も、鯉こくも、鯉洗いもある。鰻屋であると同時に、川魚料理屋である。
入口の掲示には、昼と夜で営業が分かれていることと、材料が無くなり次第で終わりになる場合があることが書いてあった(2024年6月時点)。早い時間に行くのは、たぶん正解である。
1回目|2023年7月3日、31分
最初の1枚は、料理が来る前の卓である。

黒い漆の座卓。窓は障子ふうの格子で、光がやわらかく入る。壁に鰻の図解のようなポスターが1枚。こけしが1本。手書きの札が数枚立っている。
11時08分。まだ何も来ていない。 この写真を撮っているということは、私はもう「待つ時間がある」と分かっていたのだと思う。

同じ11時08分、缶のノンアルコールビールと、霜のついたジョッキが出ている。ジョッキは白く曇っていて、指で触れたら跡がつきそうである。
ここから最初の料理まで、22分ある。
白焼き(11時30分)

色絵の角皿に2枚。青い葉が敷いてある。添えてあるのはおろし生姜とわさびで、たれは無い。
白焼きは、蒲焼と違って焼いたものがそのまま出てくる。皮の側に焦げ目があり、身は白いまま筋が浮いている。
ちなみに、同じ古河の武蔵屋では白焼きは朱塗りの器に、わさびだけを添えて出てきた。2軒は直線でおよそ270メートルしか離れていないのに、同じ料理名で器も添えものも違う。
うざく(11時34分)

白い角の小鉢に、蒲焼のぶつ切りときゅうり。合わせ酢がたっぷり張ってある。
うざくは、鰻屋における「待つための料理」だと思っている。 酸があるので口が重くならないし、量が少ないので本命の前に腹がふさがらない。しかも鰻である。待っているあいだも、ちゃんと鰻の話が続いている。
うな重(11時39分)

赤と黒の重箱。蒲焼が2枚。長いまま、切らずに縦へ並べてある。たれは濃すぎず、ごはんが透けて見えるところがある。
着席から31分。 香の物ときも吸いがついて、これで一式である。
2回目|2024年6月17日、39分
1年後、もう一度行った。今度は窓ぎわの木の卓だった。

卓の上に手書きの札が3枚立っている。おすすめの日本酒は純米吟醸の「雄町」で、岡山県産の雄町を使った青木酒造のもの。おすすめの赤ワインはオーストラリア産。そしてノンアルコールの札。信州サーモンの札。ホットなゆず茶の札。
この店には酒がある。私は飲まない。
理由は書かないが、この街には車で来ていて、私はここで酒を頼んだことが一度もない。呑み歩きを名乗る研究所の記録としては妙な話だが、酒のある店で酒を飲まないという経験は、たぶん思っているより多くの人がしている。

12時00分。ノンアルコールビールが注がれている。箸袋には「御手茂登」の文字と、店の名前と、市外局番から始まる電話番号。古河の局番である。
高野豆腐(12時03分)

黒い釉薬の鉢に、高野豆腐が3切れ。出汁は澄んでいて、底が見える。
鰻屋で高野豆腐を頼む人はそう多くないと思う。ただ、これは「待ち」の設計としてかなり正しい。温かくて、味が薄くて、噛むのに少し時間がかかる。
そして23分、何も来ない
高野豆腐が12時03分。次の白焼きが12時23分である。
この20分が、この店のいちばん大事な時間だと思う。
厨房では鰻を焼いている。こちらは高野豆腐の残りをつついて、ノンアルコールビールを少し飲んで、窓の格子を見ている。何もしていない。何もしていない時間を、店の側が用意してくれている。
意地の悪い言い方をすれば、これは「遅い」である。実際、ファストフードなら3分で出る。ただ3分で出るものを待つのと、37分かかるものを待つのとでは、待っている自分の姿勢が違う。 37分待つと決めた人間は、その37分をどう過ごすかを自分で決めなければならない。
時間が贅沢だ、というのはそういうことである。
白焼き(12時23分)

白い角皿に2枚。添えは前年と同じくおろし生姜とわさび。皿が変わっている。
うざく(12時25分)

前年と同じ白い角小鉢。ただしきゅうりが薄い輪切りになっていて、量が多い。蒲焼は3切れ。
同じ名前の料理でも、年が変われば見た目は変わる。当たり前のことだが、2年分の写真を並べてはじめて分かる。
うな重(12時33分)

蒲焼は2枚。2023年とまったく同じ盛りつけである。長いまま切らずに、少し重ねて縦へ並べる。1年空けても、枚数も置き方も変わっていなかった。
うざくのきゅうりは切り方が変わっていたのに、うな重のほうは動いていない。店として動かさないと決めている部分が、たぶんここなのだと思う。
蓋を開けたところがこれである。

赤い蓋の内側に、金文字で店章と「たたみ家」。蓋を開けるまでこれは見えない。 開けた人間だけが見る場所に、店の名前が入っている。
着席から37分。 焼き上がりは、皮のきわに軽く焦げが立っていて、身はふっくらしている。たれは辛くない。ごはんはやや硬めに炊いてあって、鰻の脂に負けていない。
研究員の結論
また行くか:行く。次も丑の日の前の、昼のいちばん早い時間に。
この店で私が学んだのは、鰻の味ではなく待ち方である。
注文を受けてから焼く店では、待ち時間は避けるべきものではなく、過ごすものになる。そのために店はうざくを置き、高野豆腐を置き、酒とノンアルコールを両方置いている。「先に何か出しますね」という仕組みが、店の側にちゃんとある。
だから、この店に行くなら時間を持っていったほうがいい。急いでいる日に来る店ではない。逆に言えば、急いでいない日をわざわざ作って来る価値がある店である。
鰻はうまい。それは書くまでもない。書いておきたいのは、うまいものが出てくるまでの37分も、ちゃんと楽しかったということのほうだ。
そしてもうひとつ。私はこの店で一度も酒を飲んでいない。 それでも2回とも満足して帰っている。呑み歩きの記録としては例外だが、酒を飲まない人間にとっても、この店の37分は等しく贅沢であるということは、書いておく価値があると思う。
店舗情報
| 項目 | 内容 |
| 店名 | 割烹川魚料理 たたみ家 |
| 所在地 | 茨城県古河市中央町1-7-25 |
| 品書き | うな重、うな丼、二段重、蒲焼、白焼き、うざく、鯉こく、鯉洗い、天ぷら定食など。日本酒・ワイン・ノンアルコールあり |
| 訪問日 | 2023年7月3日(月)11:08〜11:39ごろ/2024年6月17日(月)11:56〜12:34ごろ |
※営業時間・定休日はこの記事では記載しません。2024年6月の訪問時に入口の掲示は確認していますが、公表値は変わることがあります。行く前に店へご確認ください。なお掲示には、材料が無くなり次第で終了になる場合がある旨が書かれていました。
※価格は掲載していません。筆者が控えておらず、記憶で書くと不正確になるためです。記事中のメニュー写真は2024年6月17日に撮影したもので、現在は改定されている可能性が高いです。
関連する調査報告
- 古河(茨城)3店まとめ|夏は鰻、冬は苺。一度も酒を飲んでいない街
- ゆるりの森(古河)|いちご農園で食べる常陸秋そばと、苺3種の食べ比べ
- 川魚料理 武蔵屋(古河)|明治中期の土蔵造で、上うな重を食べる
- 篠栗珈琲焙煎所|焙煎所のカウンターで飲む、アルコールなしの一杯
- スターバックス 京都二寧坂ヤサカ茶屋店|28年歩いた坂で、一度も入っていなかった店
※記事中の飲食物・店内の様子はいずれも筆者が実際に訪問して見聞きしたものです。訪問は2023年7月と2024年6月で、本記事の公開時点から2年から3年前にあたります。飲食代はすべて筆者が自分で支払っています。